🦐 帝王切開後のPONV、ちゃんと拾えていますか?

【第7号】今回は、帝王切開術後の悪心・嘔吐について。ありふれたテーマだからこそ、妊婦さんの出産体験に、どう影響するか、麻酔科医として何ができるかを考えていきます。

こんにちは、松田 祐典です。

今回のワンますニュースでは、帝王切開術後のPONVを取り上げます。

PONV。
術後悪心・嘔吐。

麻酔科医にとっては、かなり身近なテーマですよね。

ただ、当たり前のテーマほど、少し軽く見てしまうことがあります。

「吐いていないから大丈夫」
「制吐薬を使っていないから問題ない」
「帝王切開は区域麻酔だから、全身麻酔ほどPONVは問題にならない」

そんな感覚で、何となく流してしまうこともあるかもしれません。

でも、術後回診で妊婦さんに少し丁寧に観察していると、違う声が出てくることがあります。

「吐いてはいないです。でも、起き上がったときに少し気持ち悪かったです」
「初回歩行のときに、ふらっとして気分が悪くなりました」

こういう訴えは、記録上のPONVとしては捉えられません。

でも、妊婦さんの体験としては、たしかに出産後回復の質が下がっています。

今回は、慈恵医大の酒巻先生と一緒に執筆した総説を紹介しながら、帝王切開術後PONVについて整理していきます。

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🦉もくじ

1.📸 日常の一枚

2.📖 ありふれたテーマほど、ちゃんと学びたい

3.🤢 帝王切開後PONVは少ないのか?

4.🧭 「吐いたかどうか」「制吐薬投与」だけでは見えてこない

5.💊 予防は薬剤だけでは終わらない

6.🧠 麻酔科的思考

7.✅ 明日に活かせる臨床スキル

8.🕊️ お知らせ

📸 日常の一枚

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日比谷公園から撮影した霞ヶ関。

じつは、環境省に高校の同級生が勤めています。
彼とは厚労省で働くようになってから、定期的にお昼ご飯を食べるようになりました。

高校時代のつながりが残っている人は、ぼくにはほとんどいません。
なので、こうして今になってまた会える存在は、本当にありがたいなと思っています。

医者をやっていると、どうしても人間関係が医療関係者に偏っていきます。
でも、医療の外側にいる人と話す時間も大事。

同じ霞ヶ関で働いていても、見ている景色や問題の捉え方は少し違います。
そういう違いに触れられるのは、よい時間だなと感じています。

📖 ありふれたテーマほど、ちゃんと学びたい

PONVは、麻酔科医にとって非常に一般的な合併症です。
一般的すぎて、あえて勉強し直す機会は少ないかもしれません。

でも、帝王切開術後のPONVは、意外ときちんと整理されていないところがあります。
帝王切開は、脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔などの脊髄幹麻酔で行われることが多いです。
そのため、全身麻酔後のPONVと比べると、どこか軽く見られやすいところがあります。

でも、本当にそうでしょうか。

今回紹介する総説では、脊髄幹麻酔下の帝王切開でも、PONV発生率は21〜79%と幅広く報告されています。
いろんな論文を見てざっくりいうと、30%。

もちろん、これは研究によって定義や評価方法が違うため、そのまま単純には比較できません。

ただ、少なくとも、

「帝王切開だからPONVはあまり問題にならない」

とは言い切れないと思います。

むしろ、評価の仕方によって見え方が大きく変わるテーマです。


🤢 帝王切開後PONVは少ないのか?

PONVの頻度を考えるときに、まず難しいのは、

「何をPONVと呼ぶのか」

という問題。

嘔吐したらPONV。
制吐薬を使ったらPONV。

これらは分かりやすいです。

でも、臨床ではその手前の症状がけっこうあります。

少し気持ち悪い。
起き上がったときだけ気分が悪い。
初回歩行でふらついた。
食事を始めるのが少し怖かった。

こういう症状を拾うかどうかで、PONVの頻度はかなり変わります。

患者さんに丁寧に聞くと、軽い悪心まで含めて、20〜25%程度の方が何らかの気持ち悪さを経験している印象があります。

つまり、4人に1人くらいです。

一方で、薬剤を必要とするPONVに限ると、おおよそ10%程度まで下がります。

この差は大きいです。

「25%もいるなら多い」と見ることもできます。
「薬を使うほどは10%なら、そこまで多くない」と見ることもできます。

どちらも間違いではありません。

大事なのは、何を測っているのかを曖昧にしないことです。

軽い気持ち悪さまで含めたPONVなのか。
薬剤介入を必要とするPONVなのか。
薬を使っても効かないPONVなのか。

ここを分けないと、施設として何を改善すべきかが見えなくなります。

🧭 「吐いたかどうか」「制吐薬投与」だけでは見えてこない

PONVというと、どうしても嘔吐に目が行きます。

でも、患者さんにとってつらいのは、嘔吐だけではありません。

「気持ち悪い」
「起き上がるのが怖い」
「ふらふらする」

こういう体験も、術後回復に影響します。

特に帝王切開後では、初回歩行や起き上がりのタイミングで症状が出ることがあります。

脊髄くも膜下麻酔後の交感神経遮断が、まだ少し残っている可能性があります。
足は動く。
感覚も戻ってきている。
でも、交感神経遮断はまだ完全には戻っていない。
その状態で起き上がると、ふらつきや気持ち悪さが出ても不思議ではありません。

なので、帝王切開術後PONVを考えるときには、

「安静時に気持ち悪いのか」
「体動時に気持ち悪いのか」

を分けて考えたいところです。

これは、単なる問診項目の話ではありません。

安静時から強い悪心がある患者さんと、起き上がったときだけふらついて気持ち悪い患者さんでは、背景が違います。

前者では、薬剤、主にオピオイドによるPONVリスクを考えます。
後者では、交感神経遮断の残存、循環血液量、輸液量を考えます。

同じ「気持ち悪い」でも、臨床的な意味は変わります。

だからこそ、PONVは「ある・なし」だけでなく、重症度で見たいです。

たとえば、

0は、気持ち悪くない。
1は、少し気持ち悪いが、薬を使うほどではない。
2は、気持ち悪くて薬を使い、効果があった。
3は、薬を使っても効果がなかった。

このくらいに分けるだけでも、見え方が変わります。

患者さんが「少し気持ち悪かった」と言ったとき、それを全部同じPONVとして扱うと、対策がぼやけます。

でも、

「薬を使うほどではなかった」
「薬を希望するほどだった」
「薬を使っても効かなかった」

まで分けると、改善すべきポイントが見えてきます。

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Mazda Y, et al. IJOA 2018

💊 予防は薬剤だけでは終わらない

今回の総説では、帝王切開術後PONVに対する予防法も整理されています。

薬理学的予防の中心になるのは、5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンです。

オンダンセトロンは、術中悪心、術後悪心、嘔吐を減らす標準的な薬剤として紹介されています。
デキサメタゾンも、PONV予防として有効性が示されています。
ドパミン受容体拮抗薬も選択肢になります。

高リスクでは、5-HT3受容体拮抗薬、デキサメタゾン、ドパミン受容体拮抗薬を組み合わせて考えることになります。

ただ、ここで気になるのが、日本での実装状況です。

ぼくらが以前行った横断研究では、日本産科麻酔学会員を対象とした調査で、「常にPONV予防を行っている」医師は31.7%でした。
さらに、ERASで推奨されている「2剤以上の複数の制吐剤を使用している」医師は14.8%にとどまっていました。

この数字を見ると、知識としては分かっていても、実際の臨床ではまだ十分に標準化されていない可能性があります。

これは、単に勉強不足というより、実装の問題だと思います。
PONV対策を個々の麻酔科医の判断に委ねるのか。
施設の標準として組み込むのか。
ここは、今後の質改善テーマとして考えてよいところです。

もうひとつ大切なのが、術後鎮痛とのバランスです。
帝王切開術後管理では、くも膜下モルヒネは非常に有用な鎮痛法です。
100〜150μg程度のくも膜下モルヒネは、良好な鎮痛法として推奨されています。

ただし、モルヒネはPONVのリスクにもなります。
痛みはしっかり取りたいです。
帝王切開後の痛みを軽く見てはいけません。

でも、鎮痛を強化した結果としてPONVが増えると、それもまた回復を妨げます。
痛みは少ない。
でも気持ち悪くて動けない。

これでは、患者さんにとってよい回復とは言えません。

術後鎮痛とPONV対策は、別々のテーマではありません。

同じ出産後回復の質を支える、つながったテーマです。

そして、PONV対策というと制吐薬の話になりがちですが、輸液も忘れたくありません。

最近の帝王切開麻酔では、ネオシネジンやノルアドレナリンの持続投与によって、術中血圧をかなり安定して保てるようになりました。

これは大きな進歩です。

ただ、血圧が保てていることと、循環血液量が十分に補充されていることは同じではありません。
昇圧薬を使えば、血圧はきれいに保てます。
術中管理としては、少ない輸液量でも成立します。
でも、術後に起き上がったとき、妊婦さんがふらついて気持ち悪くなるなら、出産後回復まで見据えた管理としては、まだ考える余地があるかもしれません。

薬剤だけでPONVを考えない。
循環、初回歩行、交感神経遮断の残存まで含めて考える。

ここが、帝王切開術後PONVを考えるうえで大切な視点だと思います。

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酒巻ら.麻酔 2026; 75: 358–68.

🧠 麻酔科的思考

今回の話で、ぼくが一番大事だと思っているのは、
「よくあることを、ちゃんと測り直す」
ということです。

PONVは珍しい合併症ではありません。
むしろ、ありふれています。
だからこそ、思考停止しやすいです。

「まあ、PONVですよね」
「よくありますよね」
「制吐薬を使えばよいですよね」

そんなふうに流れてしまうことがあります。
でも、妊婦さんにとっては、よくあるかどうかは関係ありません。

その人にとっては、帝王切開後の最初の回復体験です。

気持ち悪くて起き上がるのが怖かった。
初回歩行がつらかった。
食事を始めるのが不安だった。
赤ちゃんのお世話に集中しにくかった。

こうした体験は、記録には残りにくいです。
でも、患者さんの記憶には残ります。

ぼくらは、ついイベントで評価しがちです。

嘔吐したか。
制吐薬を使ったか。
血圧が下がったか。
追加鎮痛薬を使ったか。

もちろん、これらは大切です。

でも、患者さんの体験は、それだけでは拾いきれません。

「少し気持ち悪かった」
「薬を使うほどではなかった」
「起き上がったときだけつらかった」

こういう言葉を、どう扱うか。

ここに、出産後回復をどれくらい丁寧に見ているかが出ると思います。
そのためには、聞き方を少し変える必要があります。

「吐きましたか?」
だけでは足りません。

「気持ち悪いことはありましたか?」
「それは寝ているときでしたか、起き上がったときでしたか?」
「薬を使いたいほどでしたか?」
「薬を使ったあと、楽になりましたか?」

このくらい訊くと、見えてくるものが変わります。
PONVの評価は、質問の仕方で変わります。
そして、質問の仕方が変わると、施設の課題も変わって見えてきます。

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✅ 明日に活かせる臨床スキル

  • 帝王切開術後PONVは、「吐いたかどうか」だけで評価しない
  • 「安静時」か「体動時」かを分けて聞く
  • 「薬を使いたいほどか」「薬が効いたか」まで重症度を分ける
  • くも膜下モルヒネは有用だが、PONVとのバランスを考える
  • 5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンを基本に、多剤併用を施設で検討する
  • 血圧が保てていても、循環血液量が十分とは限らない
  • 薬剤だけでなく、輸液、初回歩行、術後鎮痛まで含めてPONVを考える

今回のテーマは、PONVという、麻酔科医にとってはありふれた話です。

でも、ありふれているからこそ、丁寧に見直す価値があります。
妊婦さんの「少し気持ち悪かったです」という一言を、どう扱うか。

そこに、出産後回復を見る解像度が出ると思います。
PONVを「ある・なし」ではなく、患者体験、重症度、体動時症状、治療介入の必要性として捉える。

そして、薬剤だけでなく、輸液や初回歩行、術後鎮痛とのバランスまで含めて考える。

こういう視点を持つことで、帝王切開術後の回復の質は、もう一段よくできるのではないかと思っています。

🕊️ お知らせ

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最後までお付き合いいただきありがとうございました。

引き続き、ワンますニュースで学びになる情報を振り撒いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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