🦐 帝王切開の局所麻酔薬量、ちゃんと根拠を説明できますか?

脊髄くも膜下麻酔の薬液は、麻酔科医によって十人十色。「こう習ったから」ではなく、ちゃんとエビデンスを意識した診療を心がけていきましょう。

こんにちは、松田 祐典です。

みなさんの施設では、帝王切開の脊髄くも膜下麻酔で、局所麻酔薬をどのくらい使っていますか?

施設によって、かなり違うと思います。

もちろん、平均的な手術時間、CSEAかsingle-shot spinalか、オピオイドをどう添加するかによっても変わります。

でも、その根拠って、みなさんご存知でしょうか?

今回は、帝王切開における脊髄くも膜下麻酔の局所麻酔薬量について、ドーズファインディング研究を眺めながら、少し考えてみたいと思います。

📖 なぜ局所麻酔薬量が大事なのか

帝王切開の脊麻で局所麻酔薬量が問題になる理由は、とてもシンプルです。

少なすぎると、麻酔が足りない。

多すぎると、母体低血圧が起こりやすい。

このバランスです。

2000年代前半は、今ほどフェニレフリンやノルアドレナリンを使った脊麻後母体低血圧の管理が一般化していませんでした。

そのため、局所麻酔薬量を減らすことで母体低血圧を減らせないか、という問題意識が強くありました。

いわゆるlow-dose spinal、さらにultra-low-dose spinalが注目された背景には、この流れがあります。

ただし、局所麻酔薬を減らせば、麻酔の広がりが不十分になり、術中に痛みが出る可能性があります。

Arzolaらのメタ解析では、低用量ブピバカインを8mg以下と定義し、通常量と比較しています[1]。

低用量では、母体低血圧や悪心・嘔吐は減りました。

一方で、術中の追加鎮痛は増えました。

つまり、局所麻酔薬を減らすことは、母体低血圧と術中痛のバーターでもあります。

🎯 ドーズファインディング研究が示した至適投与量

では、どのくらいの量が必要なのか?

ここで出てくるのが、ED90やED95を求めるドーズファインディング研究です。

ED90は90%の患者さんで、ED95は95%の患者さんで、目的の効果が得られる量です。

ただし、ED95は成功率の高い領域を推定するため、信頼区間が広くなりやすい。臨床的には、ED90の方が扱いやすい場面もあります。

主なドーズファインディング研究をまとめると、以下のようになります。

研究

局所麻酔薬

オピオイド

結果

Ginosar et al. 2004 [2]

高比重ブピバカイン 6-12 mg

フェンタニル 10 mcg + モルヒネ 200 mcg

ED95は11.2mg。成功はT6 pinprick到達と術中硬膜外追加なし。

Carvalho et al. 2005 [3]

等比重ブピバカイン 5-12 mg

フェンタニル 10 mcg + モルヒネ 200 mcg

ED95は13.0mg。低用量で明確な副作用低減は示せず、より大きい投与量を支持。

Lee et al. 2009 [4]

高比重ブピバカイン 0.75%、9-12 mg

フェンタニル 10 mcg + モルヒネ 100 mcg

全体のED95は12.92mg。正常体重群と肥満群で必要量は大きく変わらず。

Carvalho et al. 2011 [5]

高比重ブピバカイン 5-11 mg

フェンタニル 10 mcg + モルヒネ 200 mcg

病的肥満妊婦での術中成功ED95は15.0mg。10 mg未満では術中麻酔を十分保証できない可能性。

Onishi et al. 2017 [6]

高比重ブピバカイン 0.5%、6-12 mg

フェンタニル 15 mcg + モルヒネ 75 mcg

術中硬膜外追加なしのED95は12.6mg。日本からのドーズファインディング研究。

Tan et al. 2024 [7]

高比重ブピバカイン 0.75%、9.75-12 mg

フェンタニル 15 mcg + モルヒネ 150 mcg

BMI 50以上の妊婦でED90は11.56mg。成功はT6 pinprick到達と90分以内の術中追加なし。

対象も方法も違います。
高比重か等比重か。
オピオイドをどのくらい添加しているか。
CSEAで硬膜外カテーテルを入れているか。
成功をどう定義しているか。

こうした違いはあります。

それでも全体として見ると、帝王切開の脊麻で必要な局所麻酔薬量は、かなり狭い範囲に集まっている印象があります。

🧭 何をもって「麻酔が成功」なのか?

ただし、数字だけを見てはいけません。

何をもって、麻酔が成功したと定義したのか。

ここがキモです。

これらの研究では、T6までのpinprickやcoldの消失、術中の硬膜外追加や鎮痛薬追加が不要だったことなどが、成功の定義に使われています。

もちろん、これは重要です。

でも、それは必ずしも、

妊婦さんが術中に痛みや不快感を経験しなかった

という意味ではありません。

T4まで上がっている。
T6までは取れている。
手術は完遂できた。

それでも、患者さんが「痛い」「気持ち悪い」「押されるのがつらい」と感じることはあります。

だから、ED90やED95の数字を読むときには、

これは術中痛そのものをエンドポイントにした研究ではない

ということを、頭に置いておく必要があります。

💉 低用量脊麻の時代から、昇圧薬で管理する時代へ

冒頭にも伝えたとおり、かつては、母体低血圧を避けるために、局所麻酔薬をできるだけ減らす方向に議論が進んでいました。

でも、その先に見えてきたのは、麻酔の不確実性でした。

今は、脊麻後母体低血圧をフェニレフリンやノルアドレナリンで管理する考え方が、かなり一般化しています。

もちろん、たくさん入れればよいという話ではありません。

ただ、母体低血圧を恐れて必要以上に局所麻酔薬を減らすよりも、

血圧は昇圧薬で管理し、麻酔の質は適切な局所麻酔薬量で担保する

という考え方が、今の臨床には合っているのではないかと思います。

🧠 麻酔科的思考

今回の話で、ぼくが一番大事だと思っているのは、

投与量には、その時代の問題意識が反映される

ということです。


低用量脊麻が注目された時代には、母体低血圧をどう減らすかが大きなテーマでした。

一方で、いま帝王切開麻酔で改めて注目されているのは、術中痛や術中不快感です。


そうなると、ドーズファインディングの意味も変わってきます。

「T6まで上がる量」ではなく、

「妊婦さんが術中に痛みを感じにくい量」

を考える必要が出てくるかもしれません。


もちろん、局所麻酔薬量だけで術中痛がすべて解決するわけではありません。

手術時間、子宮体外化、牽引痛、評価方法、術者とのコミュニケーション。


いろいろな要素が絡みます。


ただ、それでもなお、局所麻酔薬量を「なんとなく」で決めるのは、そろそろ卒業したい。

ぼくはそう思っています。

✅ 明日に活かせる臨床スキル

  • 帝王切開の脊麻量は、慣習ではなく根拠を持って決める
  • ED90/ED95は、数字だけでなく「成功の定義」まで読む
  • 術中痛を課題にするなら、投与量研究のエンドポイントも変える必要がある

今回のテーマは、単なる「局所麻酔薬を何mg使うか」という話に見えるかもしれません。


でも、その本質は、

何を守るために、その投与量を選ぶのか

という問題だと思います。

低血圧を避けたいのか。
術中痛を減らしたいのか。
CSEAでレスキューできる前提なのか。
single-shot spinalで最後まで完遂したいのか。

そこを整理してはじめて、投与量の議論は臨床判断になります。

帝王切開の脊麻は、毎日のように行われる麻酔です。

だからこそ、局所麻酔薬量にも、ちゃんと根拠を持ちたいですね。

📝 参考文献

  1. Arzola C, et al. Efficacy of low-dose bupivacaine in spinal anaesthesia for Caesarean delivery: systematic review and meta-analysis. Br J Anaesth. 2011;107:308-318.
  2. Ginosar Y, et al. ED50 and ED95 of intrathecal hyperbaric bupivacaine coadministered with opioids for cesarean delivery. Anesthesiology. 2004;100:676-682.
  3. Carvalho B, et al. The ED50 and ED95 of intrathecal isobaric bupivacaine with opioids for cesarean delivery. Anesthesiology. 2005;103:606-612.
  4. Lee Y, et al. Dose requirement of intrathecal bupivacaine for Cesarean delivery is similar in obese and normal weight women. Rev Bras Anestesiol. 2009;59:674-683.
  5. Carvalho B, et al. ED50 and ED95 of intrathecal bupivacaine in morbidly obese patients undergoing cesarean delivery. Anesthesiology. 2011;114:529-535.
  6. Onishi E, et al. Optimal intrathecal hyperbaric bupivacaine dose with opioids for cesarean delivery: a prospective double-blinded randomized trial. Int J Obstet Anesth. 2017;31:68-73.
  7. Tan HS, et al. The 90% effective dose of intrathecal hyperbaric bupivacaine for Cesarean delivery under combined spinal-epidural anesthesia in parturients with super obesity. Can J Anesth. 2024;71:570-578.


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