🦐 喘息合併妊婦の帝王切開 -麻酔管理の落とし穴-

【第4号】いただいたフィードバックをもとに、ひとつのテーマをしっかりと深掘りしていくスタイルにしてみました。こっちが好きという方は、ぜひ❤️をポチッと押してください。


こんにちは、松田 祐典です。

今回のワンますニュースでは、少し新しい形を試してみます。

これまでは複数の論文や話題をコンパクトに紹介することも多かったのですが、どうしても情報が散らばりやすく、

「結局このテーマで何を持ち帰ればいいのか」

が少し曖昧になることがありました。

そこで今後は、1つのテーマをしっかり掘り下げる方向に寄せていこうと思います。

忙しい毎日のなかでも、「このテーマについては一段深く整理できた」と感じてもらえるようなニュースレターを目指します。

🦉もくじ

1.🫘 日常の一枚

2.📖 当たり前だからこそ、ちゃんと学ぼう

3.🫁 喘息合併妊婦には、どんなリスクがあるのか?

4.🕳️ 最大の落とし穴は血ガス分析

5.🙋🏻‍♀️ 脊髄幹麻酔なら喘息発作は起こらない?

6.🏕️ くも膜下モルヒネ×喘息のエビデンス

7.😴 全身麻酔の導入薬についての議論

8.🧠 麻酔科的思考

👉 麻酔科医は、この“ズレ”に気づきやすい立場にいる

🚩 安全に麻酔をするだけではなく、“フラグを立てる医師”であること

🤰🏻 産科麻酔にとって大切なこと

✅ 明日に活かせる臨床スキル

9.🕊️ お知らせ

🫘 日常の一枚

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スペシャリティコーヒーを、じっくりとハンドドリップで楽しむのが、週末のルーチン。「カーボニック・マセレーション」は、もともとワインに使われている方法でしたが、最近はコーヒーの熟成にも使われています。この方法は、二酸化炭素を使って豆を発酵させることで、フルーティーな仕上がりになります。美味しいコーヒーは、人生を彩る素敵な一杯。

📖 当たり前だからこそ、ちゃんと学ぼう

喘息は麻酔科医にとって、一般的な合併症。産科麻酔領域では、区域麻酔が主流のため、あまり気にしていない人も多いのではないでしょうか。

でも、

・喘息が周産期アウトカムにどう影響するのか?
・妊娠中の血液ガスって、どう変化するのか?
・区域麻酔だから気管支攣縮に備えなくてよい?
・くも膜下モルヒネは喘息を合併してても大丈夫?
・子宮収縮薬はいつも通りで問題ない?

そんな疑問があがってきます。

喘息妊婦の麻酔管理は、なんとなく「気にしない症例」と捉えられがち。

その結果、まあいつも通りでよいだろうと流してしまったりしやすいテーマでもあります。

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でも、本当に大切なのは、ちゃんと学んだ上で、何を本当に警戒すべきかと、何は過度に恐れなくてよいのかを見極めることです。

ここが曖昧なままだと、判断や説明がぶれます。

チームのなかで認識がずれたり、妊婦さんへの対応が必要以上に制限的になったり、逆に見逃しが生まれたりすることもあります。

今回は、このテーマをエビデンスと生理学の観点から整理していきます。

🫁 喘息合併妊婦には、どんなリスクがあるのか?

妊婦さんにおける喘息の有病率は、おおよそ 8%前後。

ざっくり言えば、12人に1人くらい。決してまれな病態ではありません。


妊娠中の喘息管理でよく知られているのが、いわゆる「3分の1ルール」です。

・3分の1は、良くなる
・3分の1は、悪くなる
・3分の1は、変わらない

妊娠すると喘息が必ず悪化するわけでもなければ、必ず安定するわけでもありません。


まず大切なのは、この変化を前提として妊婦さんを見ていくことです。


そしてもう一つ重要なのは、

喘息がきちんとコントロールされていれば、妊娠転帰への明らかな悪影響を示すエビデンスは多くない

という点です。


一方で、コントロール不良になると話は変わります。

  • 妊娠高血圧症候群
  • 早産
  • 胎児発育不全(FGR)
  • 妊娠悪阻の悪化

などのリスクが高くなることが知られています。


また、帝王切開そのものの頻度も増加します(OR 1.4 [95%CI 1.1 to 1.8])。

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British guideline on the management of asthma

ちなみに、経口ステロイドをプレドニン換算で7.5mg/dayを2週間以上内服している場合、ハイドロコルチゾン100mgによるステロイドカバーが必要になります。


つまり、喘息妊婦で本当に問題なのは、

「喘息があること」そのものではなく、「コントロール不良であること」

です。

🕳️ 最大の落とし穴は血ガス分析

今回いちばん強調したいポイントがここ。


喘息合併妊婦の術前評価で、麻酔科医として絶対に押さえておきたいのが、妊娠中の血液ガスの正常値です。


妊娠すると、生理学的にさまざまな変化が起こります。

  • 機能的残気量(FRC)は低下する
  • 分時換気量は増加する
  • 換気は全体として亢進する


ただ、こういった呼吸整理とは関係なく、

妊婦の PaCO2 の正常値は、おおむね 30 mmHg 前後

という変化が起こります。

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第60回日本麻酔科学会シンポジウムより

非妊婦なら PaCO2 40 mmHg は正常範囲に見えるかもしれません。


でも妊婦では違います。


PaCO2 40 mmHg は、すでにかなり CO2 がたまっている状態と考える必要があります。

この感覚は、産科にあまり慣れていないと意外と見落としやすいところです。


実際、他科の先生が「40なら正常ですね」と判断している場面に出会うこともあります。

なぜ妊婦ではここまで PaCO2 が低いのか。

これは、胎児が母体へ CO2 を拡散によって排泄しているからです。

母体側の CO2 が高くなると、この濃度勾配が崩れ、胎児の CO2 排泄にも悪影響が及びます。


つまり麻酔科医は、

「妊婦の PaCO2 40 mmHg は正常ではない」

というフラグを、しっかり立てられなければいけません。

喘息妊婦の麻酔管理で最も危険なのは、実は“喘息があること”そのものではなく、妊娠特有の呼吸生理を非妊婦の感覚で見てしまうことなのかもしれません。



ここまで読むと、

「やはりかなり特殊な管理が必要なのでは」

と感じるかもしれません。

でも結論から言うと、基本方針はむしろシンプルです。

We treat parturients with asthma as usual.

つまり、喘息妊婦だからといって何もかも特別扱いする必要はありません。

🙋🏻‍♀️ 脊髄幹麻酔なら喘息発作は起こらない?

帝王切開のほとんどが区域麻酔で行われるが故に、喘息発作とは無縁と考えている方は少なくありません。

しかし、古い文献では、脊髄くも膜下麻酔によって気管支攣縮が起こる可能性が示唆されています。

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第60回日本麻酔科学会シンポジウムより

背景としては、

  • 副腎交感神経遮断による内因性カテコラミン低下
  • 高位ブロックによる交感神経遮断

などが挙げられています。


ただ、現在の実臨床では、

喘息がきちんとコントロールされていれば、区域麻酔による喘息発作を恐れる必要はありません。


むしろ、

コントロールされていない喘息では、区域麻酔でも発作が起こる可能性がある

と心構えを持つことです。

🏕️ くも膜下モルヒネ×喘息のエビデンス

産科麻酔ではおなじみのくも膜下モルヒネ。

喘息患者ではヒスタミン遊離を心配されることがあります。


たしかにモルヒネのヒスタミン遊離はよく知られていますが、これは基本的に用量依存性。

静注のモルヒネだと、1-3mg/kgで注意が必要です。


ただ、産科麻酔で使うような低用量のくも膜下モルヒネでは、血中濃度はかなり低く、臨床的に大きな問題になる可能性は高くありません。

実際に、くも膜下モルヒネ0.02mg/kgを投与後の、血中濃度を調べた研究では、10分後に1 ng/mL、ピークの3時間後に10 ng/mLでした(Chauvin M, et al. BJA 1981; 53: 1065–7.)。鎮痛に必要な血中濃度が20-40 ng/mLであることを考えると、かなり少ない量であることが伺えます。

したがって、

喘息があるからという理由だけで、くも膜下モルヒネを一律に避ける必要はありません。

実際に、埼玉医科大学総合医療センター産科麻酔科では、「喘息がある」という理由だけで、くも膜下モルヒネを避けることはありません。

😴 全身麻酔の導入薬についての議論

全身麻酔が必要になった場合の導入薬選択も整理しておきたいところです。


シンポジウムが開催された2013年当時は、プロポフォールが「妊産婦禁忌」とされていた時代でした。

そのため、喘息発作が強い場合には気管支拡張作用をもつケタミン、コントロールが比較的良好であればチオペンタールという議論がなされていました。

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第60回日本麻酔科学会シンポジウムより

ただし現在では、当時よりかなり整理しやすくなっています。

大まかには、

  • コントロール良好ならプロポフォール
  • 発作が強い、気管支攣縮が強く懸念されるならケタミンも選択肢

という考え方でよいでしょう。


ちなみに、ケタミンには子宮収縮作用があります。

そのため、高用量では子宮の過収縮となるので、胎児娩出までは気をつける必要があります。



ここまで、喘息合併妊婦の帝王切開麻酔について、基本的な内容を整理してきました。

ここからは、このテーマをもう少し踏み込んで、

なぜこの話が臨床的に大事なのか、そして

麻酔科医がこのテーマにどう向き合うべきか

について、ぼく自身の考えを書いていきます。

🧠 麻酔科的思考

今回の話で、ぼくが一番大事だと思っているのは、やはり妊娠における生理学をしっかり理解しておくことです。


専門医試験でも、妊娠中の生理学的変化は必ず勉強します。

  • 循環血液量が増える
  • 換気が増える
  • 機能的残気量が減る

そういう知識は、多くの先生が一度は学んでいるはずです。


でも、本当に大事なのは、

その知識が臨床現場でどう役に立つのか

までつながっているかどうかだと思います。


今回の PaCO2 の話は、その典型。

妊娠中は、胎児が母体へ CO2 を排泄するために、母体の CO2 は低く保たれています。

つまり、母体の PaCO2 が低いのは合目的的であり、胎児のガス交換を支えるために必要な生理学的状態です。


だからこそ、妊婦さんで PaCO2 が 40 mmHg になっているというのは、単に「非妊婦の正常値に近い」という話ではありません。

妊娠という文脈で見れば、それはすでに異常のサインです。

この

「数字の意味が、患者背景で変わる」

ということを理解できているかどうか。

そこが、知識を持っているだけなのか、知識を使えているのかの分かれ目だと思います。

👉 麻酔科医は、この“ズレ”に気づきやすい立場にいる

ここで興味深いのは、実はこの問題に気づきやすいのが麻酔科医だということです。


産婦人科の先生方は、もちろん妊婦さんを日常的に診ています。

一方で、血液ガスを読む機会は、われわれ麻酔科医や集中治療医ほど多くはありません。

逆に内科系の先生方は血液ガスには強いけれど、妊婦さんの生理学には必ずしも慣れていないことがあります。


そうすると、

・妊娠の生理は知っているが、血液ガスの解釈に日常的でない
・血液ガスはよくわかるが、妊娠特有の正常値に慣れていない

というズレが起こりえます。


その結果として、

「PaCO2 40 mmHg なら、まあ正常ですよね」

という判断が生まれてしまうことがあります。

でも、妊婦さんではそれは違う。


この“ズレ”に気づいて、

「いや、妊娠中は 30 前後が普通なので、この 40 は高いです」

と声を出せること。


ここに、麻酔科医の大きな価値があります。

🚩 安全に麻酔をするだけではなく、“フラグを立てる医師”であること

ぼくは、麻酔科医の重要な役割のひとつは、フラグを立てることだと思っています。


喘息発作で母体の換気が悪くなり、CO2 が上がる。

すると胎児から母体への CO2 排泄がうまくいかなくなり、胎児側の呼吸性アシドーシスにつながりうる。

その先には、胎児機能不全や胎児徐脈、そして緊急帝王切開という流れも十分ありえます。


この流れを、単なる知識として知っているだけではなく、

目の前の血液ガスの値を見たときに「あ、これはまずい」とフラグを立てられるかどうか。

そこが重要です。


たぶん、産科麻酔の面白さ、そして難しさは、こういうところにあります。

・妊娠中の生理学を知っているだけでは足りない
・血液ガスを読めるだけでも足りない
・その二つをつないで、いま目の前の妊婦さんにとってこの数字が何を意味するのかを判断する必要がある

この“つなぐ力”こそが、産科麻酔における麻酔科医の強みです。

🤝🏻 こういう知識こそ、現場での信頼につながる

こういう話をすると、学会などでは

「少し細かい話ですね」

と思われるかもしれません。


でも、実際の臨床現場では、こういう“細かいけれど本質的なこと”がわかっているかどうかで、信頼はかなり変わります。


ただ麻酔の手技ができる、薬が使える、というだけではなく、

  • 妊娠の生理
  • 呼吸の生理
  • 血液ガスの解釈
  • 胎児への影響

まで含めて話ができる。


そういう麻酔科医は、やはり他科から信頼されます。

麻酔科医は、ある意味でとても幅広い診療科です。

呼吸も循環も薬理も生理も扱うし、ときに集中治療も担う。


だからこそ、各診療科の“点”をつなぐ存在になれる。

ぼくは、麻酔科医の真の価値は、そこにあると思っています。


それぞれの診療科が見ているものを、

麻酔科医は生理学や薬理学という共通言語でつなぎ直すことができる。

いわば、コネクティング・ドッツの役割です。


産科麻酔でも、その姿勢はとても大事。


産婦人科、内科、救急、集中治療、それぞれの視点をつなぎながら、

「この妊婦さんを今どう見るべきか」を整理して示す。

そのためにこそ、麻酔科としての専門性を磨く意味があるのだと思います。

🤰🏻 産科麻酔にとって大切なこと

産科麻酔の真髄、とまで大げさに言うつもりはありません。


でも、妊娠の生理学をきちんと理解し、その知識を目の前の臨床判断につなげることは、産科麻酔をやるうえで非常に大事なポイントだと思います。


専門医試験で覚えた知識を、単なる暗記事項で終わらせない。

「だからこの患者さんでは、こう判断するんだ」

と言えるところまで持っていく。


そこではじめて、知識は現場で役に立つものになります。

そして、そういう判断ができる人材を増やしていくことが、結果として麻酔科の存在感を高め、現場での信頼にもつながっていくはず。

✅ 明日に活かせる臨床スキル

  • 喘息妊婦で問題なのは、喘息そのものよりコントロール不良
  • 妊婦の PaCO2 40 mmHg は正常ではない
  • 区域麻酔やくも膜下モルヒネを一律に避ける必要はない
  • 麻酔科医の役割は、妊娠生理を踏まえてフラグを立てること
  • 知識は、覚えるだけでなく臨床判断につなげてはじめて価値を持つ


今回のテーマは、一見すると「喘息妊婦の帝王切開における麻酔管理」という少し限定的な話に見えるかもしれません。


でもその本質は、妊娠の生理学をどう臨床判断につなげるかという、もっと普遍的な問題だと思っています。


知識を知識のままで終わらせず、

フラグを立てる力に変えること。

そしてその力を使って、現場で声を出せること。


そういう麻酔科医が増えると、産科医療の質はもっと良くなるのではないか。

ぼくはそんなふうに考えています。

🕊️ お知らせ

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「やっぱり論文紹介を文字で読みたいよーっ」という方には、noteがオススメ。

週3回、ワンますラジオでお話ししている文献を、文字でまとめています。

そして、合わせて耳からながら聴きで学べる#ワンますラジオもお願いいたします。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

引き続き、ワンますニュースで学びになる情報を振り撒いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。



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